死がこわい

最近、死が怖い。自分が死ぬのももちろん怖いけれど、周りの誰かが死んでいなくなってしまうのがとても怖い。いつかその時は来るし、明日かもしれない。今この瞬間かもしれない。そんなことばかり考えている。

そんなこと言ったって死をなくすことなんてできないから、後悔のないように生きることしかできないんだけど意外とそういう生き方できてないのかもなぁ。なんても考えている。

どうせなら自分が一番に死にたい。というわがままをここに記す。

大人のような、子どものような

ぼくは成人した。ある日突然。

そんなぼくはいつも考えることがある。いつから大人なんだろう。って。

単純にいえば、成人したらとかなんだろうけど成人したところで中身なんて変わらないしなんだか大人の実感は持てない。

中学生になったとき、公共交通機関の料金が大人料金になった。すごく大人になった気がした。それと同時にもう大人なんだからという言葉を親から言われた。
大人になれてない。とても焦った。ちょっと前までランドセルを背負ってたのに、突然大人なんて言われて…
(今思うと中学生なんてまだ全然子どもだしもっと子供らしくいてくれよと思ってしまう。)

視野が広がった日

新しい知識を得ると、視野が広がる。比喩でもなんでもなく実際にそうだとぼくは感じている。そしてこの感覚が僕は大好きだ。

 

新しい知識を得て街に出ると、昨日までとは違った景色が見える。

それが心地よくてたまらない。

だから今日も知識を頭に詰め込む。

医療保護入院

精神科での医療保護入院とか措置入院。ぼくは必要だと思うな。
その在り方はきちんと考えていく必要はあると思うけど。

本人には悪いけど、精神錯乱状態の人と付き合うのはかなりの体力や精神力が必要。疲れちゃう。そんなときの頼みの綱だと思うんだ。死んじゃうよりマシだと思う。

みんな幸せになれる何かがあったらいいのにね。難しいね。

初めてやったゲーム

初めてやったゲームってなんだろうってふと思ったから書いておく。

サンリオタイニーパークっていう、わかる人にはわかるあれ。

ハローキティーのぬりえだいぼうけん とか入っているやつ。
ゲームを始めるとハローキティーのいる世界の色が失われていく演出があるんだけどそれが小さい頃はすごく怖かった記憶がある。これがだいたい小学校入学前かな。

 

次に記憶があるのは3DSスーパーマリオ3Dランド

小2の誕生日に買ってもらった3DSとともにもらったゲーム。下手くそながらも結構頑張って勧めてた気がする。この頃は同じゲームずーっとできてたなぁ。